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葉村屋・嵐徳三郎を語る

1 :重要無名文化財:02/08/24 22:49
上方の芝居に無くてはならない役者だった,七代目嵐徳三郎。
あの濃厚な味わいが忘れられない人,いませんか?

2 :重要無名文化財:02/08/24 22:56
萬野と岩藤、結構どしたなあ。
お石は傾城上がりめいてよろしゅうおへんどしたけど。
貢にしなだれて「どうなとおし」いうて流し目して横座りに決まるとこ、
花見竹刀打の幕切で艶然笑うてたたずむ姿、
今に忘れしまへん。


3 :重要無名文化財:02/08/25 00:14
東京の国立。越路。

4 :重要無名文化財:02/08/25 00:16
ほんとに万野はねえ。歌右衛門や玉三郎のする役じゃないね。
あとはね、お辰。

5 :重要無名文化財:02/08/25 00:25
中座の万野よかった。勘九郎の初役の時。

このひと、前進座の四谷怪談に与茂七で出演してるって知ってた?
(松竹から参加で)
うちにプログラム有るよ。

6 :重要無名文化財:02/08/25 08:09
万野は絶品といっていい。あの色気となにより万野という女がもつ陰のある
いやらしさがありました。孝夫の貢での中座で通し上演の時の万野もよかったね。


7 :重要無名文化財:02/08/25 10:23
忠臣蔵の顔世とお才

8 :重要無名文化財:02/08/25 11:08
河内屋さん直前でキャンセル(師直、勘平、由良之助 →「大津絵道成寺」)
の、昭和63年正月中座ですね。
初日に昼夜観ましたが、まず顔世御前にビックリ。
あのエグい風の優がなんとまあ神妙な・・・・
扇雀さんからスライドで急遽判官(お軽も)を勤めた
田之助さんの、梅幸さん直伝(直接伝授はなかったにしても
菊劇団での薫陶)ともいえる古格に則った演技に
影響されたのかも・・なんて感じた記憶があります。

9 :重要無名文化財:02/08/25 11:51
顔世は「臈長けた」上品な色気がありましたね。師直が付け文
するのも尤も。あの時の田之助の判官さんもきっかりとした演技でね。
芸裏から見てました。四段目の白装束がまたなんともいえぬ風情でした。

10 :重要無名文化財:02/08/25 12:31
 (あのとき急遽大阪へ呼ばれたんでしたかね?)
段四郎さんの師直がまた古風〜ぅで大きさもあって&勘所は
十分突っ込んだ・・・・ それでいてやっぱり東京の役者さん:
客席を窺って底を割るような危うさのない行儀の良さで。
お生でない壮年期の男の色気横溢。
  そこへ抑えにおさえたが故に、尚更露も零れんばかりの
  あの顔世がからむんですから・・・
大序の黒に紫(お納戸かも)ってよく考えたものですね。

そうでした、焼香場の一貫した憂愁にトドあの引っ込み。
つけ際でタメるのみで、なにをするでもないんですが、
気丈に耐えるいち女の悲しみばかりでなく、混乱や悔恨
そして絶望(先祖累代は勿論家臣郎党をも巻き込んだ)
等々、どこから見ても「後室」の位取りでしたね。   <長文失礼>

11 :重要無名文化財:02/08/25 13:07
花車のイメージが強い優でしたが,時代物の,
こういうものにも佳品が多い方でしたね。


12 :重要無名文化財:02/08/25 13:46
昭和50年代あたりの長い期間、めっきり興行数の減った
関西在住という地理的条件に加え、何と言っても門閥外。
東京からお声のかかる機会もなく・・・・
梅田コマだの、新歌舞伎座、中座や角座・朝日座なんかの
ちょっとした商業演劇公演に、三番手クラス(?)の
役どころで、大いに気を吐いてらしたような印象が・・

あの仰天(←当時としては)「女王メディア」への起用、
そして一部の好劇家間でのブレイクぶりも、そういった
必要に迫られた他流試合の一環だったように思われます。

13 :でらえもん調査局ヽ(`Д´)ノ ◆MS06S/xs :02/08/25 18:20
しわしわー
てんてけてんてけ
\(^▽^)/新スレおめー
100式につや消しパピコぬりまくり.りんねおかわりは30円
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       \|乙/∪∪=/__/__二二,新スレおめ〜  =- 三ニ=−──…‥
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                                                         マローン

14 :重要無名文化財:02/08/25 22:31
鴈治郎忠臣蔵七役のときは九段目のお石でした。
東京の国立では、既出の「筍堀」、「楊貴妃」では楊貴妃の姉さんの役で見ました。

>昭和63年正月中座ですね。初日に昼夜観ましたが、・・・
偶然ですが私もです。
三段目は「おかるの文遣い」も「裏門」もあった。伴内は扇豊!!!。
裏門の立ち回りは怪しかったなあ。。。。
忠臣連理鉢植・・・・。


15 :重要無名文化財:02/08/25 23:41
上方式の「加賀見山」岩藤の濃厚な色気!立役が加役でやることが
多いですし,勘三郎・二代目鴈治郎と女形が身体にあるひともありますが,
女形にウエイトのある徳三郎十分な手強さもあり憎さも効き,ちょっと通俗的な
味もあり,大きさもありで面白かったですね。

16 :重要無名文化財:02/08/25 23:42
お石は上方では持ち役でした・・・。

17 :重要無名文化財:02/08/26 01:27
嵐寛寿郎も葉村屋でしたよね。
先日見た映画「残菊物語」の五代目菊五郎の役、劇中劇の鞘当など、立派でしたよ。



18 :重要無名文化財:02/08/26 15:32
三段目「裏門合点」ありましたね。あの場面があると、お軽の
積極的でそして軽率な行動、勘平の(というか男というものすべての)
不器用で優柔不断な側面が浮き彫りになりますね。
 こちらはホントに暗がりの「そんならソコの松陰で」でしょうか(笑)

で、昼の切が「五・六段目」 ここの一文字屋お才です。
これがもう「本物?」かと思わせる造形で、切って嵌めたとはこのこと。
これまた扇豊さんの程を心得た善六をたしなめる箇所や、「水離れ」を
よそごとのように駕篭で待つ姿、そしてやっぱり引っ込みです。
この道で年輪を重ねた上での美しさあり、万事訳知りで目から鼻。
でもどこか鷹揚さもあり・・ 都祇園で名の知れた大店のお内儀でした。

19 :重要無名文化財:02/08/27 13:52
「封印切」のおえん,最後のお役であったというのも巡り合わせか。徳三郎ベスト3
には入る役だと思う。

20 :重要無名文化財:02/08/27 15:14
我童さんみたいに、幕開き座敷前方で梅川と竹とんぼみたいに
かんざしを放って畳算、なんてなさってましたですか?

21 :重要無名文化財:02/08/29 19:44
廓の華やぎを体全体から発しているおえんでしたね。
秀太郎の残んの色香とは好対照で。
舞台が大きい人でした。

22 :重要無名文化財:02/08/30 09:45
ジャンジャンでの公演や,大谷ひと江時代の舞台を知っている方
いませんか?ずいぶん実験的なこともされていたようですが。

23 :重要無名文化財:02/09/08 20:06
今後「三婆」はこの人だと思っていました。



24 :重要無名文化財:02/09/22 22:40
やっぱり「特別」な役者さんだったのかな?
東京の公演にはあまり出てなかったし。
関東方面の方,徳三郎の舞台見たことある?

25 :重要無名文化財:02/09/25 00:23
門閥の壁は厚かった・・・。何かのおりにご本人が
おっしゃったそうです。
門閥外の登用は歌舞伎の閉塞を打ち破る一つの方法ですが,
保護者がいなくなると風当たりが厳しくなるのは古今東西
同じこと。あとは腕一本。

現上村吉弥あたりが有望ですね。
猿之助のところはどうなるのか?

26 :重要無名文化財:02/09/26 23:33
筍掘りの母も立派だったけど、ニンではなかったと思う。
本人は白をかける役についてどう思ってたのかな。
個人的には雁のたよりのお玉どん。

>22
ひと江時代は勿論見てはいなけど、
徳三郎襲名後に写真集が出ていて、
そこに若き日の舞台姿が満載させている。
勉強会、巡業とはいえ、
先代鴈治郎の相手役など、
大役を次次にこなしていたことがうかがわれる。



27 :重要無名文化財:02/09/27 18:55
>26
白をかけての役で、あの時表彰されたけど、ご本人は余り嬉しくなかったらしいよ。
嵐徳三郎という名は、今まで立女形だった名前で、自分がそういう役をして
まして賞を受けてしまうなんてことは、先祖に申し訳ないって気持ちだったらしい。

28 :重要無名文化財:02/09/27 19:07
>25
門閥の壁は厚いよ。今月の演劇界見て激しくそう思った。
八月の関西の舞台、上村吉弥のみよし会は上方歌舞伎会を除く
他の公演(春秋、ドラマ、浪切)と扱いがはっきし違ったからね。


29 :重要無名文化財:02/10/10 00:19
みよし会の扱いは噴飯ものであった。
「夏祭」の劇評もお笑いである。
あの舞台のどのあたりが熱かったのか?
不感症なのかしらん?

30 :重要無名文化財:02/11/10 16:13
こんどの正月,松竹座の「二人夕霧」吉田屋おきさ。
この役徳三郎で見たかった・・・。

31 :重要無名文化財:02/11/11 01:08
四国新聞火曜日に連載中の、徳三郎伝「花もあらしも徳三郎」
を読むと徳様の話し方などが蘇り胸が一杯になります。
それと門閥のない方がそれぞれの局面で、どう対処し、どう役
に取り組んでいかれたかとってもよく判って・・・。

今月の忠臣蔵見ても、文楽劇場のを思い出して、「ああ、ここに
いらっしゃるはずなのに」という思いが募ります。

32 :重要無名文化財:02/11/18 00:01
第一回中之芝居の岩橋も好きだったなぁ。
ああ、中座も徳さんももう・・・。
みんなの記憶の中だけに生き続けるんですね。

33 :重要無名文化財:02/11/18 00:05
徳さんの色とかコクっていうのは忘れられない。
そう言えば、今夏、みよし会での亀治郎をみた時、ふと
徳さんを思い出したんですよ。なんか、ふと、ね。

34 ::02/11/25 00:58
age

35 :重要無名文化財:02/11/25 01:02
12月5日が発表されたご命日。もうすぐ2年。合掌


36 :重要無名文化財:02/11/25 01:45
>>24
東京在住ですが、ひと江時代は松嶋屋三兄弟の「若松会」、
ひと江主催の「日桜会」、国立でやった孝夫との「油地獄」
などを見て、その後は追っかけでずいぶん関西へは行きました。

お辰、万野、お玉、お石、顔世、おえん、お庄、舞踊「天神祭」、
薬師寺の「王女メディア」etc. etc.
「鯉つかみ」のお姫さんの時など南座はガラガラの時代でした。

みーんなもう一度見たいけど、中でも義太夫狂言にした「波の鼓」
のお種は是非再演して欲しかった。夫の着物の残り香を嗅ぐ時の
色気など真似手がありません。

37 :重要無名文化財:02/11/25 12:18
嵐寛寿郎も葉村屋でした。

38 :重要無名文化財:02/11/25 22:11
ほんっとこんなこと申し訳ないのですが
上方歌舞伎のスレがどんなにさがしても見つからないのです。
・・・まだあります・・?

39 :重要無名文化財:02/12/01 17:10
私にとっての「上方歌舞伎」への情熱は,残念ですが徳三郎の死を以て
消えつつあります。age。

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