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小西政継

1 :底名無し沼さん:02/05/24 22:25
「栄光の叛逆者」小西政継さんがマナスルに消えて6年。
早くも七回忌を迎えました。

8000m峰完登も無く、クライマーとしても日本屈指とは言い難いにも関わらず、
その言論の説得力と行動力により、戦後最強のアルピニストとと未だに
いわれることも多い小西さん。

彼の思い出を語ってください。

2 :底名無し沼さん:02/05/24 22:31
2

3 :底名無し沼さん:02/05/25 23:48
やっぱりもう過去の人か…

4 :底名無し沼さん:02/05/25 23:55
歯並びが悪かったよ・・・

5 :底名無し沼さん:02/05/25 23:57
思考が過激すぎるんだよね。
「仕事と山とどっちが大事なんだ!」と聞いて「仕事です」と答えた奴には
「とっとと帰れ!」て怒鳴ったてえんだから。


6 :底名無し沼さん:02/05/26 00:17
「ロッククライミングの本」持っています。
40kgを背負えと力説していた。
いつも、目標にヒマラヤがあったんですね。
なんかほのぼのしていい本です。
ところで、小西浩継は縁故者?


7 :底名無し沼さん:02/05/26 00:24
>>6
誰それ?小西浩文じゃなくて?
その本に出てた40kg背負って強くなったやせっぽちって小川さんのことだよね。


8 ::02/05/26 00:25
そうでした。
すまそ。

9 :底名無し沼さん:02/05/26 01:25
小西さんが生きてくれてりゃ、七大陸最高峰だのくだらないブームも起こらなかった。


10 :底名無し沼さん:02/05/26 01:31
>>9
情けないこと言うなよ。
小西さんをそんなに慕っているなら、少しは小西さんに近づく努力しろよ。
俺はそういう言い方嫌いだな。

11 :底名無し沼さん:02/05/26 02:17
>>10 同意。


12 :底名無し沼さん:02/05/26 02:23
>>9
晩年の小西さんは8000m峰のピークハンターになってたけど?
それに7大陸最高峰はディック・バスがはじめてとっくにラッシュになってたし、
そもそもはじめに5大陸最高峰をやったのが友人の植村さんでしょ。


13 :底名無し沼さん:02/05/26 03:02
>>12
8000m峰のピーク・ハントについては仲間内からも批判されたりしてたね。
本人は山は所詮、道楽といって誤魔化してたみたいだけど。
まぁ、自分の稼いだ金でいってたわけだし、記録を誇っていたわけじゃ
ないからいいんじゃない?
植村さんのことは「登山家としては三流にすぎない植ちゃんが、」
とかいう文章も書いているぐらいだからね…

14 :底名無し沼さん:02/05/27 22:35
山学同志会のサイト、いつのまにか消えちゃったね。
どうしたんだろう。

15 :不可止たん、(;´Д`)ハァハァ:02/05/27 23:29
ヽ(´ー`)ノ東不可止ワショーイ!!

16 :底名無し沼さん:02/05/28 01:37
小西さんの文章は好きだな。独特のアクがある。
奥山章氏と別の意味で、戦闘的です。
個人的には長谷川恒男さんに魅かれたけど、
長谷川さんの文章は人柄が出ていたけど、うまくはないと思います。
小西さんは、奥山氏のようにいささか議論だおれの気があるのではなく、
また、トラブルのオンパレードだった日山協のチョゴリなど、
現場の確執が赤裸々に出ているあたりがいい。戦記のような緊張感があります。
ジャンルは違うけど、あさま山荘の佐々淳行氏とよく似て、ドンパチに元気がでます。
山渓が出した『僕のザイル仲間』は、何度読みかえしても飽きません。
あれほどの文章を書ける人は、今のクライマーにはいないでしょう。

17 :底名無し沼さん:02/05/28 01:51
緑の会長は本格的登山家でなく、本書く的登山家を毛嫌いしていた。
今で言う、脳内登山家だよね。

18 :安楽椅子登山家:02/05/28 10:27
>>16さん
私も 個人的に長谷川さんの文章が大好きです

小西さんのは 前半は素朴な感じなのだけど
年をとるにしたがって アクというか 自己顕示欲がどんどん強く
なっていく感じで 好き嫌いの意見が分かれるところですね
私は ちょっと苦手で 前半の方が好きなんです

対極の文章は 加藤保男さんかな
たんたんとした文で 自分の心情などもさらっと書いてるだけなんだけど 
それがかえって すっと入ってくるようなところがあります
加藤さんには もっと沢山の文章を書いてほしかったな
残念です

>あれほどの文章を書ける人は、今のクライマーにはいないでしょう
原真さんはいかがですか ?
辛口だけど 芯は暖かい感じだし
思わず人をうならせるような文章だと思うのですが・・・?


19 :底名無し沼さん:02/05/28 10:51
小西は植村のことをクライマーとしては2流だ、みたいなことを書いていた。
あの悲劇のグランドジョラスのとき、植村は無傷だったが、小西は冬傷を負い、
エベレストにいけなかったわけで、素人からは小西のほうが2流に思える。

20 :底名無し沼さん:02/05/28 16:08
植村はグランドジョラスは連れて行ってもらっただけだろ。
自分では何もできず、小西らに引っ張り上げてもらっただけだよ。
基本的に植村は歩くことしかできない。

21 :底名無し沼さん:02/05/28 16:33
>19
凍傷は食料が尽きて停滞できず、嵐のなかでTopを引いたからでしょ。
山で悲劇の何とかというのは、k2やチョモランマでの大量死・・・(以下略)

小西さんの奥さんが本で非難していたマナスルのA氏は以後どうしている
のかな。

22 :底名無し沼さん:02/05/28 17:51
山田昇が好き!

23 :安楽椅子登山家:02/05/28 18:24
>>21
Aさんのその後は 私も気になります
すごく いたたまれない思いをなさったでしょうしね・・・

小西さんの奥さんは とても辛かっただろうけど
家族以外の前で ああいうことを言うべきではなかったと思います
Aさんが責められることを 誰よりも望まないのは
小西さんだと思うので・・・

24 :底名無し沼さん:02/05/28 20:26
A氏なんて伏せてあるけど、文庫版の『山と晴天』のあとがきで佐瀬稔がはっきり実名出して
経緯がかいてあったぞ。あの人じゃないの?

25 :安楽椅子登山家:02/05/28 21:22
>>24
うん そのとおりです
と言うか 『山と晴天』以外
佐瀬さんの遺稿集『残された山靴』でも実名で出てるし
長尾三郎『激しすぎる夢』では かなりくわしく経緯が出ています
>>21さんの言ってる 奥さんの非難も この本でのことだと思います

26 :底名無し沼さん:02/05/28 23:43
小西さんは奥さんのことをおとなしいのが取り柄だったので結婚した、と軽くいってたが、
奥さんの著書により断っても断ってもしつこく口説かれて奥さんも根負けして
結婚してもらったことをばらされていた。

27 :底名無し沼さん:02/05/29 00:57
>>18
加藤保男さんと原真さんですか?
長谷川恒男さんと数回飲んだ(飲まされた)ことのある立場からすると、
加藤さんのようなエリートの好青年はまぶしいかな(笑)。
ただ、日本テレビの岩下氏に悪乗りしたようなところがあったかな。
原さんについては、禿(かむろ)さんにたいする冷酷な切捨てはちょっとついていけない。
山渓に載せた文章がかなり物議をかもしたこともありました。
ヒマラヤに行かなくてもいいという若い登山家に、卑怯者といわんばかりの決めつけで口汚い罵倒を浴びせ、
読者からの反発が数多く寄せられていました。
団塊の世代的な戦闘口調や、戦中派特有の自嘲気味の文章は、どうも世代の違いを覚えます。
ただ、それでも「小西戦記」は独特の毒とともに不思議な魅力があると思います。


28 :底名無し沼さん:02/05/29 01:11
垂直の上と下だっけ。けっきょくこれが一番好きだ。

29 :底名無し沼さん:02/05/29 01:19
>>28
それは小森康行さんれす…

30 :安楽椅子登山家:02/05/29 10:36
>>27さん
長谷川さんと 数回飲んだ ?
なんて うらやましい〜〜!!

私は 4年くらい前に「孤高の人」を読んで以来
どっぷりと山の本にはまってしまったのですが
それ以前は 山のことは ほとんど知りませんでした
ですから このような方々のことも 文章でしか知らないのです
リアルタイムでの登山界の話しなど聞くと
ほんとに うらやましく感じます

原真さんのも 本になったものしか読んでいないため
山渓の そのような面白そうな話しも 
全然知らないのが 返す返すも残念です
原さんは 私から見ると 父親の世代に当たるため
意外と>>27さんのおっしゃるようなことが
かえって私にとっては 新鮮にうつるのかもしれませんね(w

ところで
>禿(かむろ)さんにたいする冷酷な切捨て
というのは 1981年のダウラギリの時のことですね ?
禿さん側は 「こちらから遠のいた」と言っていますので
一概に冷酷とも言えないと思うのですか・・・
この後 禿さんは 小西さんが登攀隊長となった
K2に参加したんでしたね
そして そのことがきっかけとなって
1983年の エベレストで帰らぬ人に・・・
この辺の時代って いろいろと因縁めいたものを感じます
読む側にとっても 一番興味をひかれる時代です



31 :底名無し沼さん:02/05/29 10:41
上のほうで出ていたA氏って、石○さんのこと?
だったら、今も元気にヒマラヤに行ってますけど。

32 :底名無し沼さん:02/05/29 12:03
個人的にエラの張った顔が嫌いです。

33 :底名無し沼さん:02/05/30 00:13
>>32
コミック「氷壁の達人」では激しく美化されて男前になっています。
第3巻だけ手に入らないよぉ〜

34 :安楽椅子登山家:02/05/31 20:16
>>33さん
「氷壁の達人」を検索してみても
わかるのは せいぜい表紙と 現在では手に入れることは難しい
ということのみです・・・(w
あぁ 読みたいなぁ !
幻の「氷壁の達人」
ちなみに 感想などお聞かせ願えれば幸いです

35 :底名無し沼さん:02/05/31 20:44
>>34
山小屋は全巻揃えてていることが結構あるよ。
とりあえず、殺生ヒュッテはあった。

36 :安楽椅子登山家:02/05/31 21:13
は〜〜
山小屋の本だなって 私のような人間から見ると
お宝だらけみたいですね(w
行ったことないんです・・・残念です・・


37 :底名無し沼さん:02/05/31 22:01
(第一巻)
中学校を出て活版所で働き始めるところ以外はほぼフイクション。
森田勝をモデルにした森川晃なる架空のクライマーが登場。
ハイキングで一ノ倉を遠望して山に引きつけられた小西政継は
森川に写真館で出会い、その後、彼から彼の所属する山学同志会を
紹介される。
しかし森川は冬の滝沢第三スラブで滑落死する。

(第二巻)
ここから先のは内容は、小西の処女作「マッターホルン北壁」・「山への憧れ」
の章にほぼ、その準拠する。
つまり、山学同志会に入会してから冬のマッター北壁に挑戦するまでの話。

同志会でメキメキ頭角を現し、寺岡・藤井・野口という
ヒマラヤを共に目指す仲間もできる。
(実際の野口はヒマラヤ研究会に入っていないが物語の都合上)
しかし、小西に最初にヒマラヤを意識させた同志会の先輩、
公文は不帰岳から帰れなかった。
第二巻のラストは「マッターホルン北壁」にもある公文への
追悼文で締める。

(第三巻)
寺岡・藤井・野口が甲斐駒で落ちる。
彼らの亡骸を抱きしめ狂ったように泣く小西。

しかし、彼らから紹介された遠藤次郎とコンビを組み、活動を再開、
星野隆男を加えていよいよ冬の北壁へ。

クライマックスでは「マッターホルン北壁」同様、登はん中にアイゼンを落とし、
落ち込む小西を寺岡・藤井・野口の亡霊が励ます。

物語は北壁完登で終わり、最終ページにその後の活動が
一覧で出ている。「クリエーター9000社長」とか(w

38 :37:02/05/31 22:40
そういえば、去年、小西さんがマッター北壁の根拠地にしたツェルマットの
ホテル・ヴァンホーフを写真に納めてきました。



39 :底名無し沼さん:02/05/31 22:45
>>37
甲斐駒のどこで落ちたのですか?

40 :37:02/05/31 22:46
>>39
赤石沢奥壁で雪崩のブロック直撃

41 :安楽椅子登山家:02/05/31 22:49
>>37さん
詳しい解説 感謝します
幸い『マッターホルン北壁』は 私の本だなにもありましたので
ひっぱり出してきて なるほどなるほどと読んでいました

そういえば この本以前の 
小西さんの若いころをまとめた文章はないようなので 
1巻目は どうしてもフィクションになってしまったわけですね
ある程度 小西さんに取材などもしたのかしら ?
でも そのフィクションの部分も なんだか面白そうですね・・・
ますます読みたくなってしまいました(w
地道に探す本のリストに加えたいと思います
ありがとうございました


42 :底名無し沼さん:02/06/01 07:48
で、小西浩文は閨族?


43 :底名無し沼さん:02/06/02 23:49
>>42
全く無関係。
小西政継遭難の方があったとき、浩文の方じゃないの、と思った人も
少なくないと思われ。
ちなみに、漏れはNHKの夜のニュースで遭難の報を知った。
翌日、岳人のトウチュウを買ったが社会面のほんの小記事扱いだった。
一方、報知はスポーツ面で、第三面をほぼ一ページ使っていた。

44 :底名無し沼さん:02/06/03 02:52
>>25
>かなり詳しい経緯

支障が無い範囲で教えて頂けませんか?

45 :安楽椅子登山家:02/06/03 16:46
>>44
すでに 本になっている内容なので 全然支障はないと思います(w

石川さんは 50をすぎてから8千メートル峰に挑戦をはじめた人で
小西さんとは商売上のつきあいがあり
小西さんが 石川さんを通して「同人シルバータートル」に参加したこともあって
同隊の盟友でした
マナスル以前 4座を登っています

1996年のマナスルでは
小西さんと石川さんの二人は 神奈川の「登稜会」の別働隊として参加していました
隊としては一つでも カトマンズ出発以後の行動は別という取り決めでしたが
小西さんの性格が 「登稜会」の若いメンバーたちに愛され
「親父」的存在になり
結局最後まで 行動を共にすることになります

二人は 自分たち専用のシュルパ ニマ・ドルジェとツェリン・ドルジェを
やとっていましたが
ツェリンは いろいろ修行させたいという理由で 弟分のダワ・テンジンを
伴っていました


46 :安楽椅子登山家:02/06/03 17:00
9月26日
C2を出発した時 小西さんとニマ 石川さんとツェリンがいっしょでした
石川さんはC3に入りましたが
小西さんは体調が悪く 一度C2にもどります

9月27日
石川さんはツェリンとともに 登頂を果たし
午後3時にC3にもどりましたが
雪盲になり このままC3にいては危険だと C2に下ります

C2では 小西さんが休養していました

ここで ひとつの遭難の原因ともなった決定が下されます

ツェリンの弟分のダワは BCに入ってすぐ 高度障害になり
サマに下ろされていました
ツェリンは ダワのことが気になって仕方がありません
見かねた小西さんは ツェリンをそのまま下に下ろし
ダワの様子を見に行かせることにしました

この時点で シェルパはニマ一人になってしまいました


47 :安楽椅子登山家:02/06/03 17:25
9月29日
石川さんは 一晩中雪盲の痛みに苦しみましたが
朝になっても快方に向かう気配はありませんでした
このまま C2にいても危険
かといって目の見えない状態で 一人で下りることは不可能です

小西さんは ここでもう一つの決定を下します

ニマを石川さんにつけてBCまで下ろしたのです

小西さんは 出発前に奥さんに
「シェルパをつけて、酸素をパカパカ吸って、
テレテレ歩いてくるから楽勝よ」と言っていたのですが
こうして シェルパはいなくなってしまいました

9月30日 
小西さんは 「登稜会」の三村さん・有川さんと共にB3を出発します
「俺は酸素を持っているのだから、
せめてラッセルぐらいはやらせてもらうよ。」
と 小西さんが先行し 二人は三十分遅れて出発します
二人はシェルパを一人つれていましたが
このシェルパは 途中で足の具合を悪くして引き返してしまいました

小西さんが頂上に立ったのは 約午後5時半
二人は 6時40分でした

異変は下山中に起きました



48 :安楽椅子登山家:02/06/03 17:59
二人は ヘッドランプの光をたよりに下りはじめましたが
無酸素で登った影響が 二人に現れ始めていました
しばしばルートを見失い さまよいはじめたのです

午後9時頃
なんとか 7800メートルあたりまで下りてきた二人は
そこに 酸素もとっくに切れ 
憔悴しきって座りこんだままの小西さんを発見します
小西さんはヘッドランプも持っていませんでした

有川さんがザックを背負って先行し 三村さんが肩をかして
3人は必死で下降しますが
途中で有川さんとはぐれます

午後11時
限界を感じた三村さんは ビバークを決意
しかし 彼にももはや雪洞を掘る力は残されていませんでした

三村さんは その場に腰を下ろし
ピッケルにもたれました
疲労からくる睡魔が襲いました

10月1日
午前2時半
三村さんは 寒さから目を覚まし
すでに意識が朦朧とした状態の 小西さんを
もう少しましなビバーク・サイトへ移そうとします
しかし このちょっと離れた時間に
小西さんの姿は失われてしまいます

三村さんの意識もすでに朦朧としていました
一方 小西さんは 目印になるヘッドランプをもっていず
また 三村さんの呼び声に答える力も すでに失われていました

午前6時
ようやくトランシーバーでの交信が可能となりました
三村さんは最悪の状況を訴えます

夜の闇からは開放されたものの
メガネをなくして方向を失った ホワイトアウトの中
彼自身も限界の状態でありながら
「・・小西さんを探して下さい。お願いですから小西さんを・・」
と訴えつづけたのです


49 :安楽椅子登山家:02/06/03 18:08
ご存知のように
小西さんの姿はそのまま発見されませんでした・・・

奥さんの批判というのは
「もし石川さんが雪盲にならないように細心の注意をしてくれたら・・・」
ということです

50 :底名無し沼さん:02/06/03 19:04
その石川さんも今回は危機一髪だったな・・・

51 :底名無し沼さん:02/06/03 19:06
『小西さんちの家族登山』
小西郁子 山と渓谷社 1999/09 \1,600

では、帰国後の石川さんの態度への批判があったようにおもうけど、
別の本だったっけか。

52 :安楽椅子登山家:02/06/03 19:25
>>51
>『小西さんちの家族登山』
>小西郁子 山と渓谷社 1999/09 \1,600

私は この本 まだ読んでないのですが どうですか ?

『激しすぎる夢』の中では
「奥さんの」批判は これぐらいみたいです

捜索打ち切りが早すぎたとかは 登稜会からの批判ですしね

やっぱり あれだけの登山家の奥さんですから
人前で めったなこと言えないのでしょうね

帰国後の態度の批判が書いてあった本 思い出したらおしえて下さいね


53 :底名無し沼さん:02/06/05 23:00
>>52
私は面食いなので小西みたいな男はタイプでなかった、
と書いてあったのがワラタ。

54 :底名無し沼さん:02/06/07 02:44
チョゴリの顛末を書いた本の中で、小西さんは、遭難は個人責任で、
遭難自体が、隊はもちろん付近の別隊を含む周辺に多大の迷惑をかけるから、
自分が遭難しても、けっして批判がましいことは言うな、と奥さんに語り、
そのかわり柳沢隊員を切り捨てています。
自己主張を重ねて無理な登頂をやった末にお荷物になり、救援隊を差し向けなかったことに遺族は怒ったようですが、
小西さんは「同情はするが理解はしない」と日本人離れした切り返しをし、
奥さんにもああいう見苦しいことはするなと言っています。
ただ、このチョゴリ遠征以降、小西さんはちょっと牙がぬけたかなあ。
エベレストでは後輩の川村さんを隊長にして「隊員」として責任のない立場で家族連れで参加しているし、
あれほどボロクソに非難したミニアコンガ奇跡の生還の松田さんと一緒に山に行ったり。
限界がわかってても引けない分、つらかったのかな。
それにしても、最後はあれほど侮蔑した柳沢氏や加藤保男氏、あるいは植村直巳氏と大差ないのは、
結構本人も惨めだったと思います。
植村さんに関しては、愛知大の湯浅さんが第一報を聞いて小西さんに
「植ちゃん、どうだろうか」と聞いたところ、
「ダメでそう。植チャンは山の感覚がまるでなくなってるから。山を知らないよ」
と答えたそうです。
それから、植村さんの奥さんはテレビでは健気で、映画でも立派に描かれていますが、
実際はかなり取り乱していたと、湯浅さんが話していました。
小西さんの奥さんも、ダンナにああ言われても、穏やかではなかったかもしれません。



55 :底名無し沼さん:02/06/07 09:38
愛知大の湯浅さん→愛知学院大 だな
愛知大は薬師岳の事故で有名な別の大学

56 :底名無し沼さん:02/06/08 23:40
湯浅さんってRCCUの?

57 :底名無し沼さん:02/06/11 15:15
小西さんを偶然見かけたことがあります。
写真で見るより実物のほうがずっといい男でした。
この人は何者? と思わせる存在感がありました。

58 :底名無し沼さん:02/06/13 01:08
>>57
>この人は何者? 
本当に地球人、とか?
ウソウソ、滅茶苦茶尊敬しています。

59 :底名無し沼さん:02/06/13 15:48
>湯浅さんってRCCUの?

はい

60 :底名無し沼さん:02/06/19 22:58
ビーコン・遠藤次郎は最近どうしているのだろう?

61 :底名無し沼さん:02/06/20 00:26
>>51
婚前交渉の話が書いてあったね。
さすが小西の奥さん!根性が座ってるよ。

62 :底名無し沼さん:02/06/29 22:35
登山家であれこれ寄稿する人って減ったな…

63 :底名無し沼さん:02/07/18 22:05
             /´      ̄`ヽ,
            / 〃  _,ァ---‐一ヘヽ
         i  /´       リ}
          |   〉.   -‐   '''ー {!
          |   |   ‐ー  くー |
           ヤヽリ ´゚  ,r "_,,>、 ゚'}
         ヽ_」     ト‐=‐ァ' !
          ゝ i、   ` `二´' 丿
              r|、` '' ー--‐f´
         _/ | \    /|\_
       / ̄/  | /`又´\|  |  ̄\

皇太子様がこのスレに興味を持たれたようです。

64 :底名無し沼さん:02/07/19 00:10
実際、皇太子は小西さんの熱狂的ファソで、JACの会員だった三笠宮経由で
お会いになられたそうだ。

三笠宮に頼まれた小西さん、
「まぁ、殿下のお願いじゃしょうがねぇや。」

ビッグすぎだぜ。

65 :底名無し沼さん:02/07/21 19:10
             /´      ̄`ヽ,
            / 〃  _,ァ---‐一ヘヽ
         i  /´       リ} ≡3
          |   〉.# -‐   '''ー {
          |   |   ‐ー  くー |
           ヤヽリ ´゚  ,r "_,,>、 ゚'}
         ヽ_」     ト‐=‐ァ' !
          ゝ i、   ` `二´' 丿
              r|、` '' ー--‐f´
         _/ | \    /|\_
       / ̄/  | /`又´\|  |  ̄\


レスがないので皇太子様もご立腹のようです

66 :底名無し沼さん:02/08/17 00:10
今日、古本屋で月刊太陽の昭和40年8月号を買ったら、
寺岡・藤井・野口を荼毘に付している同志会の写真が載っていた。
背中ばかりで小西さんがどれかはわからないけど。

67 : :02/08/20 22:27
>>33,34
「氷壁の達人」ですが、なぜか100円均一のダイソーで売られています。
1巻、2巻だけですが・・・。私は偶然見つけて、小西さんに興味を持ちました
でもこれほどの名作が100円って、悲しい気が・・・

68 :安楽椅子登山家:02/08/20 22:56
>>67
えっ! ほんと?
明日さっそく ダイソーに行ってみます
出版されたそのままの形で売られているの ?
それとも 装丁が変わっているの ?
(ダイソーオリジナル版とか・・)


69 :67:02/08/20 23:02
>>68
ダイソーコミックシリーズ26,27で売られています。表紙は
同じだと思いますが、装丁はやっぱり、安っぽい感じ。
お住まいはどちらですか?原宿店、渋谷店では見ました。

70 :安楽椅子登山家:02/08/20 23:12
>>69
住まいは地方なんですけど
近くのダイソーはけっこう大きい店舗ですので
とりあえず明日見に行ってみます
それに そこまでわかっていれば 取り寄せも可能かな ?
情報ありがとうございます


71 :おはした者:02/08/20 23:25
小西さんは開拓期最後のクライマーだと聞いて、『ジャヌー北壁』を買って読みました。
だが、あのルート・・・ど真ん北壁と言うよりは・・・側壁かと・・・。
いや・・・あのう、ジャヌー北面には違いなく・・・あの極地で2000mの垂壁など、
当時の登山技術が許すはずも無く・・・。
やっぱ、北壁なんでしょうねー。
無知蒙昧なことを申しますが、北壁ダイレクトルートってまだ未登なんですよね?


72 :安楽椅子登山家:02/08/20 23:44
>>71
え〜と・・ジャヌー北壁は
1989年に スロベニアのトモ・チョセンが単独直登してますよ

73 :おはした者:02/08/20 23:57
>>72
双耳峰から切れ落ちる垂壁を?

74 :安楽椅子登山家:02/08/21 00:45
>>73
ごめん 図書館から借りて読んだ本なので
今手元に資料がありません
くわしくは「孤独の山」トモ・チョセンを読んでみて下さい

あとは「冒険物語百年」武田文男 朝日文庫
にも ちょっと情報があります
1976年の同志会は シェルパ合わせて27人を投入し
2ヶ月をかけましたが
チョセンは23時間という 驚異的な早さでした

75 :底名無し沼さん:02/08/21 00:48
朝鮮人は偉大ニダ

76 :底名無し沼さん:02/08/21 01:11
>>75
そっち系の顔かもしれんが、聞いたことないな。

77 :底名無し沼さん:02/08/21 07:45
>>76
チョセンと朝鮮をかけただけかと・・・

78 :安楽椅子登山家:02/08/21 21:18
「氷壁の達人」getです うれし〜〜
でも なぜ3巻目がないのだろう・・?

79 :底名無し沼さん:02/08/22 22:48
>>78
よかったですね。
感想をお聞かせください。

80 :底名無し沼さん:02/08/22 23:09
>>73
そう、少しハング気味のあの正面壁をダイレクトで登ったらしい。
しかも、下降ルートは初見の同志会ルートだったと。
ただし、あまりにも驚異的なクライミングのため、疑問の声があがっている。
チェセンはローツェ南壁でもうそつき呼ばわりされてるし、何かと話題が多い。

81 :205:02/08/23 14:59
>>78
67です。氷壁の達人、ゲットできて良かったですね。
3巻目、このあと刊行されるのかなあ。続きが読みたいですぅー!

82 :底名無し沼さん:02/08/23 15:02
まさつぐの「ロッククライミングの本」持っていますか。
ブーリン結びマンセーですが・・・

83 :底名無し沼さん:02/08/23 23:36
まあ、20年位前の内容じゃしょうがないですな。
あれを読んで同志会に入って、今代表やってるのが澁谷さんじゃなかったか。

84 :底名無し沼さん:02/09/19 21:44
違ってたらごめんなさい。
小西さんって普段からたばこを吸って遠征の前でも全くトレーニングしていない、
と公言してますけど、陸上競技をやっている私からするとまったく理解できません。
遭難しても当然ですね。

85 :底名無し沼さん:02/09/19 21:47
>>84
山屋は黙って山に登るから山屋でな

86 :底名無し沼さん:02/09/19 21:52
別冊太陽で見たけど、変な顔していた。

87 :底名無し沼さん:02/09/28 03:29
じゃぁ、これも!

88 :底名無し沼さん:02/09/28 17:54
>>81
>>37

89 :底名無し沼さん:02/10/27 17:04
同志会をメジャーにした。それに尽きるのでは?あとはキャラバンの役員にでも
納まって悠々自適してればよかったのにね〜。

90 :底名無し沼さん:02/11/08 00:57
10日で563番まで落っこちるとは…
登山板も人が増えたもんだ。

91 :底名無し沼さん:02/11/08 01:09
>>84
いつの話し? コニシ違いでは…、
昔のトレーニングは凄かったよ。

92 :底名無し沼さん:02/11/08 01:17
生きているコニシの方がカコイイな。

93 :底名無し沼さん:02/11/11 05:43
>>92
生き方ではこちらのかっこよさは凄いぞ。
何しろ生きながらにして劇画化されるぐらいだから。

94 :底名無し沼さん:02/11/11 06:30
>>93
でもウスラハゲだからカコワルイよ。

95 :底名無し沼さん:02/11/11 10:02
>>93
あとコミックにもなった。
当時の日本で社会人山岳会の地位を一気に押し上げた事が凄い。

96 :底名無し沼さん:02/12/11 20:06
あげとく

97 :底名無し沼さん:02/12/11 20:13
あくの強そうな人だな、苦手なタイプだよ。

98 :底名無し沼さん:02/12/11 23:33
>>97
文章ではおっかないけど、いい人らしいよ。
野口犬はマッキンリーでピッケルの使い方を教えてもらったそうだ。

99 :底名無し沼さん:02/12/13 09:56
身内の中では神様かつ独裁者だよ。
晩年の、しかも野口相手だったら、鼻にも
かけずに優しいよ、きっと。

100 :底名無し沼さん:02/12/13 10:16
エラの張った奴の一般的な性格は(知ってる限りでは)俺は嫌い、
朝鮮民族にも多いね、自己主張が過ぎる。

101 :底名無し沼さん:03/01/05 22:55
そんなことない

102 :底名無し沼さん:03/01/11 04:24
 

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